アフリカのマラウイで仕事と生活をしていた時に、ミトゥンドゥという町に住んでいたことがあります。この町の家に引っ越して最初の半年は電気がなく、水道は帰国する日までありませんでした。水は、近くまで汲みに行きます。朝から火をおこして炊事します。水浴びはバケツ1杯ですまします。寒い日には朝おこした火で、ぬるま湯を作って浴びました。仕事から帰って、また火をおこして、晩御飯を作って食べました。マラウイ人のミシヤスさん(男性)と一緒に住んでいて、彼と分業しつつ暮らしました。
一口に言えば、不便でした。だけどーーなんだろうーー幸せなのです。”生きている”という実感がありました。ミシヤスさんの助けが必要で、自分の思い違いかもしれないけれど、お互い満ち足りていたように思っています。
ある一日を描写するとこんな感じでした。朝6時、市場の方へ、買い物がてら散歩に出ます。お母さんたちは、バケツを頭に載せて水を運んでいます。自転車にたくさん商品を積んでいる人々が行きかい始めています。たくさん荷物を積み過ぎて倒れそうな人は、自転車から降りて、引いていきます。屋根だけの掘立小屋の肉屋に豚が皮をはがれた状態で並んでいます。市場のおばさんたちは、朝届いたばかりの葉野菜を、道端に並べ売り始めています。子供たちは、走り回り、犬も走り回っています。犬は痩せこけていますが、作りかけの食べ物を食べようと狙っています。
家に戻り朝ご飯を食べてから、体を洗うためにバケツにお湯を溜めて浴びます。家の外にある小さな小屋がシャワー室になっています。バケツのお湯の残りを使って歯を磨きます。慣れてくると、バケツ1杯で十分体を洗い、歯磨きもできるようになります。トイレも家の中にはなく外にあるシャワー室の横にあります。夜中にトイレに行きたくなると外に行かなければならないのが、面倒でした。
職場への道すがら、市場を通る途中に屠殺場がありました。屋根があるだけのオープンスペースの屠殺場を覗いてみると、牛が屠殺されるところでした。牛が、目の前で屠殺される様は、グロテスクであり、自分自身が丑年生まれであることもあり、胸の奥が詰まるような感覚を覚えました。その脇では、子供や犬が走り回り、おばさんたちが何事もないかのように野菜を売っています。
仕事を終えて家に帰る途中、食べ物を買いに行きます。人々は、暗くなった後も行きかい、メイズ(トウモロコシ)や鳥肉を焼いて売っています。家に帰ってミシヤスさんと一緒に、夜ご飯を食べて、ちょっと話をしてから寝ます。こんな毎日を過ごしていました。
ミトゥンドゥでの暮らしは、不便でしたけれど、何か暖かく、孤独感とは無縁のものでした。理由はよくわかりませんが、幸福感があったことは事実です。そして、これからも時に、あの感じを思い出すのだろうと思います。未だに、何故幸福感を感じたのかよくわからないのですが、生と死が表裏一体で現存していて、自分自身がその中で、「生きている」という実感を持ったのではないかと思いました。
この感覚のおかげかは、定かでありませんが、青年海外協力隊隊員の方々が帰国後、マラウイに戻ってくる確率が高いように思います。自分自身もいつかマラウイを再訪して、この不思議な充足感を味わいに行きたいと思っています。